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東京地方裁判所 平成9年(ワ)14096号 判決

主文

一  甲乙事件被告東銀リース株式会社は、別紙物件目録(一)記載の土地について別紙登記目録一(一)記載の各登記の、別紙物件目録(二)記載の土地について別紙登記目録一(二)記載の各登記の抹消登記手続をせよ。

二  甲乙事件被告破産者株式会社ザ・フォーラムカントリークラブ破産管財人河野玄逸は、別紙物件目録(一)記載の土地について別紙登記目録二(一)記載の各登記の、別紙物件目録(二)記載の土地について別紙登記目録二(二)記載の各登記の抹消登記手続をせよ。

三  甲乙事件被告破産者秩父開発株式会社破産管財人河野玄逸は、別紙物件目録(一)記載の土地について別紙登記目録三(一)記載の各登記の、別紙物件目録(二)記載の土地について別紙登記目録三(二)記載の各登記の抹消登記手続をせよ。

四  訴訟費用は甲乙事件被告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、甲事件及び乙事件の各原告らが、それぞれ所有する別紙物件目録(一)及び(二)各記載の土地をゴルフ場事業のため訴外大田開発株式会社に賃貸していたところ、同社の合併後の会社である破産会社株式会社ザ・フォーラムカントリークラブが銀行取引停止処分を受けたことから、右各賃貸借契約を解除したとして、所有権に基づき、右両事件の被告らに対し、右各土地について同被告らの有する賃借権設定登記等の抹消登記手続を請求した事案である(なお、右両事件の主張立証は共通するため、以下、いずれの事件の当事者であるかは特に明記しない。)。

一  前提事実(特記しない限り当事者間に争いがない。)

1  原告らは、別紙物件目録(一)及び(二)各記載の各土地(以下「本件各土地」という。)をそれぞれ所有している。

2  原告ら(原告らが相続承継する前の被相続人をも含む。)は、訴外大田開発株式会社(以下「大田開発」という。)に対し、別紙「賃貸借契約締結日の表示」(一)及び(二)各記載の年月日に、それぞれ本件各土地の所有部分を左記の約定で賃貸し(以下、右契約を「本件各賃貸借契約」といい、右契約に係る賃借権を「本件各賃借権」ともいう。)、これを引き渡した(原告上原常司の賃貸借契約締結年月日及び原告中田富之が平成三年一二月五日に訴外中田まさを相続承継したことについては<証拠略>)。

(一) 使用目的 ゴルフ場事業及びこれに付帯する一切の事業のため

(二) 賃貸期間 昭和六一年二月一日から二〇年間

(三) 賃料 一反歩当り年額五万五〇〇〇円

毎年一月末日までに、当年分を原告らの住所に持参又は送金して支払う。

(四) 解除条項 賃料の支払を一度でも遅滞したとき、銀行取引停止処分を受けたときなどの事由が発生したときは、無催告で契約を解除できる。

3  大田開発は、本件各賃貸借契約に基づき、昭和六一年二月一二日から昭和六三年一〇月八日までの間に、本件各土地について、別紙登記目録二(一)の三ないし五並びに同目録四(一)及び(二)各記載の賃借権設定登記及び賃借権設定仮登記手続をした。

4  大田開発は、被告東銀リース株式会社(以下「被告東銀リース」という。)に対し、平成元年一〇月二〇日、別紙登記目録一(一)及び(二)各記載の賃借権条件付移転仮登記手続をした。

5  大田開発は、株式会社ザ・フォーラムカントリークラブ(以下「破産会社フォーラムカントリークラブ」という。)と、平成三年六月四日、合併し、同社は、大田開発の本件各賃貸借契約上の賃借人たる地位を承継した。

破産会社フォーラムカントリークラブは、平成六年二月一七日、右合併を原因とする別紙登記目録二(一)の一及び二並びに同目録二(二)各記載の賃借権移転登記手続をした。

6  破産会社フォーラムカントリークラブは、秩父開発株式会社(以下「破産会社秩父開発」という。)に対し、平成六年二月一七日、別紙登記目録三(一)及び(二)各記載の賃借権移転請求権仮登記手続をした。

7  破産会社フォーラムカントリークラブは、平成七年三月三〇日、二回目の不渡りを出し、同年四月四日、銀行取引停止処分を受けた(被告東銀リースとの関係で、乙一、弁論の全趣旨)。

8  原告らは、破産会社フォーラムカントリークラブ代表取締役西垣征八郎(以下「西垣」という。)宛に、別紙「解除通知の書面が到達した日」(一)及び(二)各記載の年月日に、同社が銀行取引停止処分を受けたことを理由に、それぞれ本件各賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした(甲二二の1ないし四二の2)。

9  破産会社フォーラムカントリークラブは、平成八年九月一八日に、破産会社秩父開発は、平成九年六月一六日に、それぞれ破産宣告を受けた(乙一、二。以下、被告破産者株式会社ザ・フォーラムカントリークラブ破産管財人河野玄逸を「被告フォーラムカントリークラブ破産管財人」といい、被告破産者秩父開発株式会社破産管財人河野玄逸を「被告秩父開発破産管財人」という。)。

10  現在、破産会社フォーラムカントリークラブが運営していたゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)は、訴外インタータッチ株式会社(旧商号株式会社第三企画事業本部。以下「インタータッチ」という。)及び訴外株式会社セントヒルズゴルフクラブ(以下「セントヒルズゴルフクラブ」という。)が占有しており、平成九年九月一日から「セントヒルズゴルフクラブ」の名で運営されている。

二  被告らの主張

1  解除の意思表示の無効

原告らの解除通知は、次の事情に照らせば、いずれも破産会社フォーラムカントリークラブに対する契約解除の意思表示としての効力は認められない。

(一) 原告らの解除の意思表示の当時、西垣は、破産会社フォーラムカントリークラブの代表取締役として登記されていたが、同人を右破産会社の取締役として選任する株主総会決議は存在しないから、同人に右破産会社を代表する権限はなく、したがって、同人宛の右解除通知は無効である。そして、右解除の意思表示の事実上の発送主体であるインタータッチは、当時、西垣が右破産会社の正規の代表者でないことを知っていた。

(二) また、原告天幸院及び原告宗教法人大林寺の解除の意思表示については、破産会社フォーラムカントリークラブの破産宣告日(平成八年九月一八日)の後である平成八年一〇月一一日に、被告フォーラムカントリークラブ破産管財人に対してではなく、意思表示の受領権限のない西垣に対してなされている。

2  信頼関係の破壊がないこと

本件においては、次の諸事情に照らせば、契約当事者間の信頼関係が破壊されたとみることはできないから、解除権は発生しないというべきである。

(一) 本件ゴルフ場の営業権は、平成五年一二月ころに破産会社秩父開発に譲渡され、平成七年三月三〇日に破産会社フォーラムカントリークラブが二度目の不渡りを出した後も、地代は破産会社秩父開発から原告らに対して支払われていた。さらに、同年一〇月ころ、本件ゴルフ場の営業権は、破産会社秩父開発からインタータッチに譲渡された形となリ、その後はインタータッチから地代が支払われ、原告らもこれを異議なく承認して受領してきた。このように破産会社フォーラムカントリークラブの銀行取引停止処分後も一年半以上もの間、本件ゴルフ場の営業が継続され、事実上の運営者(占有者)により地代が支払われてきた。

(二) 原告らから被告フォーラムカントリークラブ破産管財人に対し、本件ゴルフ場敷地の提供がなされ、同破産管財人による本件ゴルフ場の運営が可能となった場合には、同破産管財人において、いつでも賃料を支払う用意があり、仮に賃料支払に際して破産財団に不足が生ずるおそれがある場合には、被告東銀リースが破産財団の補填をする旨被告フォーラムカントリークラブ破産管財人に対して協定にて約しており、今後も地代支払は担保されている。

3  借地法上の正当事由の欠如

本件各土地の一部はクラブハウス及びホテルの敷地となっており、建物所有目的の賃貸借契約であるから、借地法の適用があり、契約を解除するためには「正当事由」が必要とされるところ(借地法四条一項但書、六条二項)、本件においては、地代の支払が継続されてきたことや原告ら側の自己使用の必要性が乏しいこと等を併せ考慮すると、右正当事由は認められないというべきである。

4  権利濫用

次の諸事情に照らせば、原告らの本訴請求は、権利の濫用に当り許されないというべきである。

(一) 本件各賃貸借契約を継続しても、原告らは、これまでに地代の未収もなく、今後も地代を確実に受領できる立場にあり、何ら損害を被ることがないのに対し、本件各賃貸借契約の解除を認めると、原告らには特段のメリットがない一方で、被告らは、本件ゴルフ場の一体的利用が阻害され、営業継続が事実上不可能となり、甚大な損害を被ることになる上、多数のゴルフ場会員の共益的な利益をも害し、一度ゴルフ場を閉鎖した後、再度立ち上げるためには、多額の費用がかかり社会的損失も大きい。

また、原告らの本件各土地について、莫大な造成費用を投下し、大規模な造成工事が行なわれた現段階に至っては、原状回復するのは、非現実的である。さらに、本件各土地は、ゴルフ場造成により価値が著しく増加しているのであって、原告らが一方的に不当な利得を得ることにもなる。

現在、全国のゴルフ場のうち九割が敷地の一部について借地契約を締結して運営しているのであるから、このような形の解除を認めると、今後多発することが予想されるゴルフ場運営会社の倒産事件への影響も甚大である。

(二) インタータッチが本件ゴルフ場の運営に介入するようになった際に、原告らとインタータッチとの間で本件各土地につき賃貸借契約が締結されているとすれば、賃貸借契約の二重締結という意味で原告らは債務不履行をしていたことになる。仮に、右のようなインタータッチとの間の賃貸借契約が存在しないとしても、現在、原告らは、被告フォーラムカントリークラブ破産管財人に対し、本件各土地の利用提供義務を履行していないから、その点で債務不履行がある。このように原告らは自ら債務不履行をしているのである。

(三) 原告らの本訴請求は、本件各土地について、被告らに対抗できない賃借権しか有していないインタータッチの利益のために、同社をして本件各賃借権の負担のない完全な所有権を不当に取得させる意図のもとになされているものと考えられ、本来の権利行使の趣旨を逸脱するものである。

三  原告らの反論

1  解除の意思表示の効力について

(一) 仮に、西垣の取締役選任決議に瑕疵があったとしても、破産会社フォーラムカントリークラブが法人として存在する限り、解除の意思表示が同社宛に到達すれば足り、代表者の存否や権限の有無によって、右到達の効果が無効になることはない。

(二) 原告らが破産宣告前の表示でなした解除の意思表示が、破産宣告後に到達しても、表示の違いによって、その効果が無効になることはない上、被告フォーラムカントリークラブ破産管財人は、原告らの破産会社フォーラムカントリークラブ宛の解除の意思表示を異議なく受領しているから、右解除は有効である。

2  信頼関係の破壊について

民法上の土地賃貸借契約において、信頼関係の破壊があることは解除権行使の要件ではない。

仮に要件であるとしても、賃貸人に対する信頼関係を破壊するとは認められない特段の事情があるときに限り、解除権行使が制限されるところ、銀行取引停止処分は、一般的類型として信頼関係を破壊するものであるし、破産会社フォーラムカントリークラブは、独自の支払能力によって地代の支払を継続していたものではなく、インタータッチの努力によって地代が支払われてきたものである上、原告らは、破産会社フォーラムカントリークラブが破産申立てを行うことが判明して、賃料の支払が行われなくなるおそれが確実となったことにより解除権の行使をしたものであるから、当時、原告らと破産会社フォーラムカントリークラブとの間の信頼関係は既に破壊されていた。また、信頼関係の破壊の有無は、解除時における事情により判断されるべきところ、被告フォーラムカントリークラブ破産管財人と被告東銀リースとの間の地代支払に関する協定の締結は解除時の事情ではない。

そして、解除権は発生しているのだから、消滅時効にかかるまでの間、いつ行使するかは原告らの自由であって、解除権の行使が銀行取引停止処分後約一年半経過したのちに行われても適法であり、何ら非難される理由はない。

3  借地法の適用について

本件各賃貸借契約は、ゴルフ地用地として締結されたものであって、建物所有目的ではないから、借地法の適用はない。

4  権利濫用について

次の諸事情に照らせば、原告らの解除権行使は正当なものであって、何ら権利の濫用とは認められない。

(一) 被告らは、本件ゴルフ場の営業が継続されていると主張するが、営業しているのは、被告フォーラムカントリークラブ破産管財人ではない。同被告は、自らは本件ゴルフ場を運営することができず、地代の支払も確保できないのであるから、本件各賃貸借契約を解除しなければ、原告らが損害を被るのは自明である。また、一般に、土地賃貸借契約において、賃借人が借地に莫大な費用を投下していても、地代を支払わなかったために解除されれば、借地を原状に復して賃貸人に返還すべきは当然である。破産会社フォーラムカントリークラブは、自ら経営破綻を招いたのであるから、自己の資金回収ができないからといって解除事由を発生させた責任を免れるものではない。

(二) 原告らは、本件ゴルフ場の敷地の約五二パーセン卜を所有しており、今後、本件ゴルフ場を健全に安定・継続して運営できる者に賃貸するために解除したのであって、他意はない。

(三) 原告らは本件各賃貸借契約を解除する以前に第三者と本件ゴルフ場につき賃貸借契約を締結したことはないから、二重契約の事実はないし、また、本件各賃貸借契約を解除した以上、原告らには、被告フォーラムカントリークラブ破産管財人に対して本件ゴルフ場の敷地を利用させる義務もない。

(四) 民法六二一条によれば、賃借人が破産宣告を受けたときには、賃貸借契約に期間の定めがあっても、賃貸人は解約の申入れをして賃貸借契約を終了させることができることになっており、破産会社フォーラムカントリークラブが破産宣告を受けることが決定的になった平成八年八月ころに原告らが解除権を行使するのは当然の権利行使である。本件の解除事由が「銀行取引停止処分」であっても、右民法の各項の趣旨は本件にも相当すると解すべきである。

四  争点

1  原告らの解除の意思表示は有効か。

2  本件において信頼関係の破壊を認めるに足りない特段の事情があるか。

3  本件各賃貸借契約の解除に借地法の適用があるか。

4  原告らの本訴請求は権利濫用として許されないか。

第三  争点に対する判断

一  争点1(解除の意思表示の有効性)について

(一)  前記認定事実(第二の一の8参照)によれば、原告らの本件各賃貸借契約解除の意思表示が破産会社フォーラムカントリークラブに到達した日は、別紙「解除通知の書面が到達した日の表示」(一)及び(二)各記載のとおりである。また、弁論の全趣旨によれば、破産会社フォーラムカントリークラブの商業登記簿上、西垣は、平成七年九月二一日、同破産会社の代表取締役に就任し、平成八年八月三一日、右代表取締役を退任して、同年九月一〇日にその旨の登記を経た旨記載されていることが認められる。

そうすると、原告園田豊平、同宮原貞一郎、同天幸院及び同宗教法人大林寺を除くその余の原告ら(以下「該当原告ら」という。)の本件解除の意思表示がなされた当時、その名宛人の代表者として表示されていた西垣は、右破産会社の代表取締役として登記されていたことになる。そこで、仮に西垣に代表権限がなかったとした場合、被告ら主張のとおり、右解除の意思表示の効力が問題となる。

ところで、商法一四条は、故意又は過失により不実の事項を登記した者は、その事項が不実であることをもって善意の第三者に対抗できない旨を規定している。してみれば、仮に被告らが主張するとおり、西垣の取締役選任決議に瑕疵があったとしても、一年近くに渡る長期間、西垣が破産会社フォーラムカントリークラブ代表取締役である旨の登記が放置されていた事実に照らし、同破産会社は、右条文にいう「故意又ハ過失ニヨリ不実ノ事項ヲ登記シタル者」に該当し、右登記が不実である旨を善意の第三者に対抗できないと解するのが相当である。

しかして、被告らは、西垣が正規の代表者でないことについてインタータッチは悪意であった旨主張するが、仮にインタータッチが悪意であったとしても、原告らが悪意であったことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、該当原告らは右「善意の第三者」に該当し、被告らは、解除の意思表示の無効を主張し得ないというべきである。また、原告園田豊平、同宮原貞一郎、同天幸院及び同宗教法人大林寺の解除の意思表示が有効な理由は、後記(二)記載のとおりである。

(二)  次に、被告らは、原告天幸院及び原告宗教法人大林寺の解除の意思表示が、破産会社フォーラムカントリークラブの破産宣告後に、西垣に対してなされていることを理由にその無効を主張する。

そこで検討するに、確かに、賃借権は財産権として、破産宣告の時から破産財団に属し、破産財団の管理及び処分をなす権限は破産管財人に専属するのであるから(破産法七条)、破産宣告後は、賃貸借契約解除の意思表示は破産管財人に対してなすことを要し、破産財団の管理処分の権限を有しない破産者本人に対して直接なした解除の意思表示は効力を生じないといわざるを得ない。

しかしながら、弁論の全趣旨によれば、被告フォーラムカントリークラブ破産管財人は、原告らの解除の意思表示をいずれも異議なく受領していることが認められる。

してみれば、原告天幸院及び原告宗教法人大林寺の解除の意思表示にとどまらず、原告園田豊平、原告宮原貞一郎、その他の原告らの解除の意思表示についても、最終的にはいずれも適法な受領権限者である被告フォーラムカントリークラブ破産管財人に到達しているのであるから、遅くともその時点においては、右解除の意思表示はいずれも効力を生じていることが明らかであるというべきである。

二  争点2(信頼関係の破壊の有無)について

賃貸借契約は、当事者間の個人的信頼を基礎とする継続的法律関係であるから、賃貸借契約の約定中に、賃借人が銀行取引停止処分を受けたときは無催告で契約を解除できる旨の特約があり、実際に賃借人が銀行取引停止処分を受けた場合においても、特約の趣旨その他諸般の事情に照らし、それが未だ賃貸人に対する信頼関係を破壊するとは認めるに足りない特段の事情があるときには、賃貸人は、右特約に基づき、解除権を行使することは信義則上許されないと解すべきである。

本件においては、前記前提事実(第二の一の2(四)参照)のとおり、本件各賃貸借契約中に右内容の特約があること、賃借人である破産会社フォーラムカントリークラブが平成七年四月四日に銀行取引停止処分を受けたことはいずれも当事者間に争いがない。そこで、本件において未だ賃貸人に対する信頼関係を破壊するとは認めるに足りない特段の事情があるかどうかが問題となる。

被告らは、右特段の事情に該当する事由として、これまで本件ゴルフ場の営業が継続され、事実上の運営者により原告らに対して地代が支払われ続けてきていること、今後も地代支払は継続されることが期待できる状況にあること等の事情を掲げ、未だ当事者間の信頼関係が破壊されたとみることはできない旨主張する。

しかしながら、そもそも右特約が規定する銀行取引停止処分は、賃借人の賃料支払義務が本質的要素である賃貸借契約において、賃借人の賃料支払能力に致命的な支障が生じたという意味で、一般的かつ類型的に、信頼関係を破壊する典型的事由であるということができ、したがって、右特約は、このような事由が生じた場合に賃貸人に無催告解除を認める趣旨で規定されたものと解すべきであるから、右特約に係る事由が発生したにもかかわらず解除権の発生を妨げる効果をもたらす右特段の事情を認めるためには、それ相応の事情が要求されるというべきところ、本件においては、破産会社フォーラムカントリークラブに対する銀行取引停止処分後、原告らに対する地代の支払が継続されていたとはいっても、同破産会社の独自の支払能力によるものではなく、当初は破産会社秩父開発、その後(平成七年一〇月ころから)はインタータツチの資金によって支払われてきたものである上、被告フォーラムカントリークラブ破産管財人及び被告秩父開発破産管財人は、インタータッチの本件ゴルフ場についての占有権原を争い、右ゴルフ場の建物の退去と土地の明渡し等を求め、訴訟を提起し(当庁平成九年(ワ)第一八二二九号建物退去土地明渡請求事件)、現在これが係属中であるにもかかわらず、本件地代を自ら弁済の提供さらには供託することなく(本件各賃貸借契約が原告らと破産会社フォーラムカントリークラブとの間で継続しているとすれば、この地代債権は、破産法四七条七号の類推適用により財団債権となり、右破産会社の破産管財人は右地代を随時弁済しなければならない。)、インタータッチによる原告らに対する地代支払を黙認していること、ついには、右破産会社も破産申立てを余儀なくされ、そのことを察知した原告らが解除権の行使をしたこと、以上の事実が存在する(これらの事実については弁論の全趣旨により認められる。)から、右破産会社が右銀行取引停止処分後、自ら本件地代を支払い、又は第三者をしてこれを支払わせてきたと評価することはできないのみならず、右破産会社及び被告フォーラムカントリークラブ破産管財人は、本件ゴルフ場の現占有者であるインタータッチ(又はセントヒルズゴルフクラブ。この点は後記四記載のとおり。)の占有権限を争いつつ、原告らに対し、本件地代について弁済の提供さらには供託すら行っていないことが明らかである。

もっとも、被告らは、被告フォーラムカントリークラブ破産管財人と被告東銀リースとの間の今後の地代支払に関する協定が締結されているから(乙一九の1、2)、将来の地代支払は担保されている旨主張する。しかしながら、右協定によれば、右被告破産管財人が本件ゴルフ場を自ら使用し又は第三者をして使用せしめ、その収益によって右地代の支払が確保されることが前提とされていると解されるところ、本件ゴルフ場の占有権限をめぐって、右被告破産管財人とインタータッチとの間の訴訟が係属していて、その帰趨が不明であることから、その前提が現在において充たされているとはいえず、この点だけからいっても、将来の地代の支払が現在確実に期待できるとはいえない。

以上によれば、本件においては、未だ賃貸人に対する信頼関係を破壊するとは認めるに足りない特段の事情があるということはできず、この点に関する被告らの主張は理由がない。

三  争点3(借地法の適用の有無)について

原告らの本訴請求は、本件各賃貸借契約中の特約に基づく解除を理由とするものであるから、借地法上の正当事由の有無が問題となる余地はない。したがって、本件各賃貸借契約が建物所有目的かどうかなど、その余の点について判断するまでもなく、被告らの主張は理由がない。

四  争点4(権利濫用か否か)について

証拠(甲四七の1ないし五〇、乙一四ないし一七、一九の1、2)及び弁論の全趣旨並びに前記前提事実によれば、本件ゴルフ場の運営者は、平成五年一二月ころ、破産会社フォーラムカントリークラブから破産会社秩父開発へと代り、破産会社フォーラムカントリークラブが銀行取引停止処分を受けた後である平成七年一〇月ころには、破産会社秩父開発からインタータッチへと移り代わり、現在はインタータッチから運営を受託したセントヒルズゴルフクラブが運営している状況であるが、被告フォーラムカントリークラブ破産管財人は、自ら本件ゴルフ場を運営することができず、地代の支払の確保も同被告のみでは保証しきれる状態ではないこと(この点は前記三において述べたとおりである。)、原告らは、本件ゴルフ場の敷地の約五二パーセントを所有しているところ、本件各土地の一部は地方公共団体に対して公衆用道路として提供し、また別の一部はインタータッチに売却することなどをそれぞれ予定しており、場合によっては、本件各土地をインタータッチ以外の健全かつ安定した運営が継続できる者に賃貸することも検討する用意があることなどが認められる。

右事実を前提に原告らの請求が権利濫用として許されないかどうかを次に検討する。

被告らは、原告らが本件地代につき何の損害も被らない旨主張するが、被告フォーラムカントリークラブ破産管財人が、自ら本件ゴルフ場を運営することも、地代を支払い続けることもできず、現在、インタータッチないしはセントヒルズゴルフクラブが本件ゴルフ場を運営し、原告らに地代も支払い続けている状況であるから、被告らの右主張は失当であるのみならず(この点は既に前記三においても既に述べたとおりである。)、原告らの本件各解除の意図がインタータッチの利益を図る目的に出た旨の被告らの主張についてみても、平成八年八月ころの時点において、破産会社フォーラムカントリークラブの破産申立てを察知した原告らが、本件各賃貸借契約を継続させた場合の将来の帰趨について憂慮の念を抱き、右契約を解除して他の者に賃貸すること等を希望したとしても、地主としての立場からすれば無理からぬところであるから、右解除は原告らの利益に基づくものと推認され、これを賃貸人としての立場や利益を逸脱し、専らインタータッチの利益のためになされた解除であると認めるに足りる証拠はない。また、被告らは、原告らに二重賃貸の債務不履行ないしは本件各土地の利用提供義務の債務不履行の事実が存在する旨主張するが、証拠(甲二二の1ないし四二の2、五一ないし七一)及び前記前提事実(第二の一の8参照)によれば、原告らはインタータッチとの間で本件各土地につき賃貸借契約を締結しているが、右各契約を締結したのは、原告らが破産会社フォーラムカントリークラブに対して解除の意思表示をなした後であることが認められるから、原告らには二重賃貸の事実もなく、右解除後は、本件各土地の利用提供義務も存しないのであって、被告らの主張するような原告らの債務不履行の事実は何ら認められない。そうすると、原告らの本訴請求を権利濫用とする被告らの主張は理由がない。

もっとも、被告らが主張するとおり、大規模な造成工事により、本件ゴルフ場の旧地形と現況とが大幅に異なっている今日(乙二三の1ないし3)、本件各賃貸借契約の解除を認めた場合、原状回復することは非現実的であることを考えると、ゴルフ場造成により価値が増加している分(乙二二)について原告らが利得することになるのは否めないこと、被告らは本件ゴルフ場の営業継続の道を絶たれ甚大な損害を被ること、それが多数のゴルフ場会員の利益にも影響を及ぼし得ること、一度ゴルフ場を閉鎖した後に再度立ち上げる費用等を考慮すると社会的損失も小さくないことなどの事実も認められる。しかしながら、そもそも本件各賃貸借契約が解除されるに至った原因は、破産会社フォーラムカントリークラブの経営破綻にあるのであるから、解除が許されないとした場合の原告ら側の不利益をも考えれば、右のような被告ら側の事情をいくら強調したところで、これを原告側の不利益に帰せしめるまでの事由には至らないというべきである。

以上のとおりであるから、原告らの本訴請求が権利の濫用に当たるとは認め難く、被告らの主張は理由がない。

五  以上によれば、原告らの本訴請求は、いずれも理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西口 元 裁判官 堀内 明 裁判官 沢井知子)

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